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専業主婦から小林朝子へ、
物語の始まり

私、49歳まで専業主婦でした

専業主婦から小林朝子へ、物語の始まり

子どもたちが自立、
私に残ったのは
「空っぽな想い」

「私はこれから、
どうしたらいいのだろう?」

49歳の時に、そんな想いで心が立ち止まってしまいました。いまから20年以上も前のことです。私には3人子どもがいるのですが、上ふたりの娘はとっくに社会人、そして一番下の息子も進学を機に家を出ることになりました。
もう毎日のお弁当を作ることも、PTAでの活動もありません。

「子どもたちは
どんどん成長して行くのに、
私は成長したのかしら…」

なんだか自分ひとりだけ、取り残された気がしたのですね。
もっと言えば、次の生きがいが欲しくなってきたのだと思います。

小林夫人では
カードも作れない。
私ってだれ?

振り返ると23歳で結婚して以来、家族のために生きてきました。

その結果として得たものは、
“小林さんの奥さん”
とか
“〇〇ちゃんのお母さん”
という呼ばれ方、つまりミセス小林というポジションです。

もちろん妻としても母としても、やりがいに満ちた日々ではありました。

けれどその一方で、専業主婦にどこか納得できない気持ちもありました。朝子という人間が、社会的に消えてしまっていたのです。
たとえばカードを作ろうにも、専業主婦の信用では審査が通らない。夫にプレゼントをしても、購入代は渡されていた生活費から捻出したもの。自分で稼いだわけではありません。

「このまま歳を取ってしまって
いいのかしら、
私も夢を思い出そう…」

こうして『朝子』を取り戻す日々が、49歳の時に始まりました。